シャーロック・ホームズ現れず。(秘話と言うよりも悲話)

大変お騒がせ致しました。

 2012年元旦に皆様にお送りした私の年賀状 の「Andantino grazioso」をご覧になって5ヶ月近く心を悩ませた方々にお詫び致します。何故お詫びをしなければいけないかは先をお読み下さい。

 目下、10月10日の出版を目指してクーラウのピアノソナタ曲集の準備をしています。校訂はブスク氏/石原でハンナ社から出ます。ブスク氏との細かい打ち合わせは昨年のクーラウコンクールの帰りにデンマークに立ち寄り行いました。この曲集にはクーラウのピアノソナタで初版以降再版されていないものだけを選ぶことになりました。全部で19曲あります。3巻の予定が諸般の都合で4巻本とになりました。

 以前からピアノ譜の楽譜をコンピューターでデジタル化することは進めていました。ピアニストのみならず音楽愛好家、特にクーラウ協会の会員の方々にクーラウを身近に知ってほしいということからインターネットで視聴できるようにしていたのです。勿論私もクーラウのことを知りたいという気持ちからこのページを作っていたのです。そんなある日、一つの曲を見つけました。非常にロマンチックなメロディが私の心に響いたのです。そこで私はその曲をフルートで出来ないかと思い編曲してみました。音域もぴったりはまります。「う〜ん、これは素晴らしい」と思い、フルートのお弟子さんに作曲者不詳としてレッスンの課題曲として吹いてもらうようにしました。これを吹いたお弟子さんは一様に「きれいな曲ですね」という感想を述べました。いずれ作曲者は打ち明けるつもりでした。

 毎年の暮れの年賀状はいつもぎりぎりに書いて年内に出すようにしています。しかし、今回はアイデアがなかなか浮かばずとうとう大晦日が来てしまいました。崖っぷちに立たされた私は切羽詰まって思いつきました。そうだ、この曲を使おうと。大急ぎで文面を作り、除夜の鐘を聞きながらあの年賀状を印刷したのです。

 年賀状は私的なものであると同時に公的なものです。友人、知人、親戚、お弟子さん、それからIFKS会員など例年総計すると700通ぐらい出しています。私は年賀状で世間を欺いたのです。しかし、クーラウのためになるなら嘘つきと言われても仕方がない。それによって死ぬほど思い煩う人はいないだろうし、それが明らかになってもみんなの迷惑にはならないだろうという判断でした。私が出した年賀状をもう一度ご覧ください。いかに世間を欺いたかがお判りいただけることでしょう。

 


以下の赤いところが「真っ赤な嘘」の個所です。

求む、シャーロック・ホームズ!!!
昨年の10月にドイツのユルツェン市(クーラウの生まれた町)において第14回インターナショナル・クーラウ・フルートコンクールが行われました(これは本当です)。ちょうどその時「蚤の市」が開かれていて(蚤の市などありません。ただし曜日によって路上に市場が開かれます。野菜、肉類、お花、食料品など、ですから半分嘘)そこで古楽譜を見つけました(楽譜などは売っていません。これは嘘)。明らかに19世紀初頭の銅版印刷でパート譜とピアノ譜は別々に印刷されていました(嘘の上塗り)。しかし、出版社も作曲家もどこにも書かれていないものでした(嘘の上塗りの上塗り)。この楽譜のメロディーはとても美しく心を打つものがあり(これは本当です)、それ以来私の頭の中で四六時中鳴っているのですが(ちょっとオーバーです)、その出典が不明で日夜思い悩んで仕事が手につきません(世の中を欺いたことで悔恨の念に堪えなかったことは事実です)。どなたかご存知の方はお教え頂きたいのですが------。下にその楽譜の一部をご紹介します。楽譜は現代版に書き直しています。お判りになりましたらメールでお知らせください。 勿論、御礼を用意しています(正解者に合わせたものをその都度考えることにしていました)。
メール:kuhlau00@xa2.so-net.ne.jp

ここまで書いて嘘は何故赤いのかなどと考えてしまいました。(脱線)

それではこの曲の正解を申し上げます。

この曲はそもそもピアノ曲です。


 クーラウ作曲
 
 ピアノソナタ作品46第3番第2楽章

 

 1822年作曲/1823年出版 

 

 年賀状を出した後、その反響は大きく、一様に「きれいな曲ですね。でも作曲家は判りません。」と言う人が殆どでした。

 この時点(2012年5月1日) で誰も正解者がいなかったのです。ですからプレゼントも行われませんでした。これは私にとって大変悲しいことでした。なぜならこの曲は楽譜は絶版になっているとは言えCDで世の中に市販されているものに入っているからです。決して人々の耳目に触れ得ないものではなかったのです。


Klavermusik Kuhlau Piano Works vol.1 - Thomas Trondhjem
Variationer for klaver over Det var en lørdag aften, f-mol, opus 22
Variationer for klaver over Manden med glas i hånd, C-dur, opus 14
Variationer for klaver over God dag, Rasmus Jansen med din kofte, a-mol, opus 15
Sonate for klaver, G-dur, opus 34
Sonate for klaver,G-dur, opus 46:1
Sonate for klaver, d-mol, opus 46:2
Sonate for klaver, C-dur, opus 46:3
Thomas Trondhjem(トーマス・トロンハイム), klaver(ピアノ). Indspillet 1991-92 (録音年)
Plademærke og -nummer: Rondo RCD 8341
CD解説:ヨーアン・エーリクセン(クーラウ伝記・作者)

 

 更に悲しいことはこの曲の紹介を当IFKSのホームページに昨年の7月14日からアップしていたからです。

 http://www.kuhlau.gr.jp/e/e_about_kuhlau/ee_reading_and_hearing/op_46_3.html
 (上記のページの下方にカーソルを下げると第2楽章が現れます。音も聴けます。)

 本当に悲しいことでした。

 

 正解者が現れたらその時にホームページで「シャーロック・ホームズ現る」として種明かしをしようと考えていましたが、残念ながら待てど暮らせど「見つけました!」言って正解をお寄せ下さる方が現れなかったのです。「もう少し待ってみよう、もう少し・・・」と言いつつ延ばし延ばししている内に、この曲を吹く人が増えていきました。私の関係するフルートの講習会の修了コンサートでもこの曲を演奏する人が現れました。しかし、誰かが正解を言ってくれていたらその時点で打ち明けていたと思いますが、遂にそこでも作曲者不詳を押し通しました。

 しかし、たった一人正解者はいるのです。年賀状を出したあと、正解者がなかなか現れないので2月6日に私は年賀状を翻訳して楽譜(フルートとピアノが一緒になっているもの)をブスク氏に送ったのです。彼は「なんでそんなことを聞くのか、分かりきったことじゃないか」と言って正解を言ってきました。当たり前と言っては当たり前のことです。なぜなら今、我々(ブスク氏と私)はこの曲を含めてクーラウのピアノソナタのことで毎日のようにメールで検討し合っているのですから。

 ブスク氏は例外として考えなければなりません。

 もしかして、このまま待っていてもこの先、正解者はなかなか現れないかも知れません。私は正解者が現れるまで世間を欺き続けることに自信が持てなくなりました。そこで私はこの場で皆様に種明かしをすることに決めました。楽しみながらも苦しんだ私の気持ちをご理解いただけるでしょうか?

 人は知らない曲に接すると曲名はなんだろう、一体誰の曲だろう、いつ頃作曲されたものだろうと考えることが多いものです。そしてその曲を注意深く聴こうとします。逆に有名な作曲者と判っている場合にはその人が有名だから名曲だろうと思ってしまいがちです。しかし、今回の場合は音楽そのものから判断しなければならないという精神作用を強いられたはずです。

 音楽に限らず 名前にとらわれずに芸術作品を判断することは大事なことです。

 私は今までさんざんそれを経験してきました。
 クーラウのことを話すと相手は「ああ、あのソナチネの作曲家ね・・・」と言ってソナチネのクーラウという既成概念でしか判断しようとしない人が沢山いることを。

 ヴァイオリン奏者で作曲家のクライスラーには自作の曲をあたかも他の作曲家が作曲したように見せかけたものが沢山あります。中でも「べートーヴェンの主題によるロンディーノ」は有名です。世を欺いた命名です。べートーヴェンにはそれに該当する曲がないのですから。彼が作品を発表したときは注目を浴びる大きな役割を果したことでしょう。

 もしも、あの曲に「べートーヴェンの主題によるアンダンティーノ・グラチオーソ」とか「ショパンの主題による〜」などと言ったらクライスラーと同じことになっていたことでしょう。私の場合は世を欺いたとは言えクライスラーよりも罪は軽いものでしょう。とは言っても世間を欺いたのですから閻魔様より地獄行きをを宣言されても仕方がないと覚悟しています。ただ、一人だけは許してくれると思っています。それはこの曲を作曲したその人です。

 なをこの原曲は「クーラウ・ピアノソナタ曲集」発刊に合わせて行われるIFKS定期演奏会「知られざる珠玉のピアノソナタ」で聴くことができます。
 第22回 2012年10月30日(火)第1夜 19:00〜
 第23回 2012年11月26日(月)第2夜 19:00〜 
 いずれも杉並公会堂小ホールです。

 会員の皆様のご来場をお待ちしています。

詳細は<IFKS演奏会情報 >のページでご覧ください。

石原利矩
5月1日・記