オンスローのオペラ『行商人』とクーラウ (石原利矩)
クーラウがオンスローのオペラ『行商人』を題材にして作曲した作品は全部で5曲ある。
Op. 94 Introduction & Variations (Flute & Piano)---Peters (出版社)1829 (出版年)
Op. 96 Introduction & Rondo (Piano Solo) ---Lose (出版社) 1828 (出版年))
Op.98a Introduction & Rondo (Flute & Piano) ---Peters (出版社) 1829 (出版年)
Op.98b Introduction & Rondo (Piano Solo) ---Peters (出版社) 1834 (出版年)
Op. 99 Introduction & Variations (Flute & Piano) ---Peters (出版社) 1829 (出版年)
オンスローのオペラ『行商人』は1826年に作曲され、パリのオペラ・コミック劇場で1827年11月22日に初演された(台本:Eugène Planard 1783-1853)。パリでは1827〜1830年の間に34回の上演回数を数える。ロンドン、ブリュッセル、プラーハ、ドイツの都市、コペンハーゲンで上演された。
デンマークでは1828年10月28日、31日、11月3日、13日、23日、12月13日の6回の王立劇場での上演記録がある。フランス語からデンマーク語に翻訳されSkovhuggerens Søn「木樵(きこり)の息子」という題名で上演された。この翻訳家は『妖精の丘』の作者でおなじみのJohan Ludvig Heibergヨハン・ルーズヴィー・ハイベアである。
「木樵の息子」(行商人)の上演期間中にクーラウの『妖精の丘』の初演(1828年11月6日)が行われたが、この時期のクーラウ、ハイベア、劇場関係者の忙しさが想像できる。
上記の5曲の出版年はわかっているが、作曲年月日は3曲を除いて不明である。
その3曲の作曲年というのは
Op. 94 Introduction & Variations (Flute & Piano) 1829年1月20日〜3月14日
Op.98a Introduction & Rondo (Flute & Piano) 1829年1月20日〜3月14日
Op. 99 Introduction & Variations (Flute & Piano) 1829年1月20日〜3月14日
の期間である。これは以下のことから判明する。
この3曲に関して1829年1月20日に出版社Petersに宛てたクーラウの手紙に次のような文面がある。
前略---Fertige, zum Druck bestimmte Werke habe ich nicht liegen, doch werde ich jetzt anfangen mehrere beliebte Thema's für Flöte und Pianoforte (für beide Instrumente conzertierend) zu varieren;---後略
---出版用に出来上がった曲は私は持ち合わせていません。しかし、私はフルートとピアノのために愛好されている旋律のいくつかの変奏曲(両方の楽器は協奏的に奏されるような)に取りかかろうとしています。---
その後1829年3月14日のPeters宛ての手紙にOp. 94、98、99を送ったと書かれている(ここで98というのはフルートとピアノのヴァージョンのこと)。1829年1月20日〜3月14日の約2ヶ月で3曲は仕上がったと言うことがわかる。3曲の作品番号が繋がっていないことは不思議であるが、1828年に出版された『妖精の丘』のピアノスコアがすでにOp. 100であることはこの近辺の作品群の数字が作曲順でないことがわかる。(重要な作品に100と言う数字を宛てることは他の作曲家にも見られる)
さて、オペラ『行商人』は3幕構成である。
オペラ『行商人』 Number 一覧 |
|
|
||
幕 |
ナンバー |
曲種 |
歌詞(上段:フランス語、下段:ドイツ語) |
クーラウ作品で使用 |
第1幕 |
|
Ouverture |
|
96の第2主題 |
|
No. 1 |
Introduction |
Holà! Garçons. |
|
|
|
|
Frisch auf! herbei! |
|
|
No. 2 |
Aria |
Redoute ma juste furie |
|
|
|
|
Erbebe! Dich trifft meine Rache |
|
|
No. 3 |
Terzett |
Ah! Depuis mon jeune âge, |
|
|
|
|
Seit den Kinderjahre |
|
|
No. 4 |
Duett |
C'est vous sans doute Captaine |
|
|
|
|
Ich sah des Schlosses Commandanten |
|
|
No. 5 |
Arie |
Pour des fille si gentilles |
94 |
|
|
|
Holden Schönen hier zu fröhnen |
|
第2幕 |
No. 6 |
Arie |
Ah! depuis le moment |
|
|
|
|
Ha! Wie stürmts in der Brust |
|
|
No. 7 |
Duett |
Tous deux sans viens sans heritage |
|
|
|
|
Nicht Gold, nicht reiche Erdengaben |
|
|
No. 8 |
Chor |
Ah! qunad il gêle sans se lasser, |
98a、98b |
|
|
|
Hüllt sich die Erde in Schnee und Glanz |
|
|
No. 9 |
Quintett |
Ah! venez, vous êtes son frères |
96の第2主題 |
|
|
|
Ha! Su vist's! hilf mir ihn befreien! |
|
第3幕 |
No. 10 |
Arie |
Toujour de mon jeune âge |
99 |
|
|
|
Der Jugend schöner Freuden |
|
|
No. 11 |
Duett & Chor |
C'est la fête du village |
96の第1主題 |
|
|
|
Frohes Kirchweihfest ist heute |
|
Finale |
No. 12 |
Duett & Chor |
Modèle d'innocence de grâce et de douceur |
|
|
|
|
Geschmückt mit jeder Tugend |
|
Op. 94 Introduction & Variations No. 5 Arie “Pour des fille si gentiles”
Op. 96 Introduction & Rondo
No. 11 Duett & Chor “C'est la fête du village”, & from Ouverture ロンドの主要主題
No. 9 Quintett “Ah! venez, vous êtes son frères” ロンドの第2主題
Op. 98a Introduction & Rondo No. 8 Chor “Ah! qunad il gêle sans se lasser,”
Op. 98b Introduction & Rondo No. 8 Chor “Ah! qunad il gêle sans se lasser,”
Op. 99 Introduction & Variations No. 10 Arie “Toujour de mon jeune âge”
なぜこのようにオンスローの『行商人』が複数のクーラウ作品に取り入れられたのだろうか。このオペラはフランスで初演後ドイツの都市でもドイツ語で演奏され人気を博している。その際ドイツ語の訳は「Der Hausirer」と翻訳された。当時かなりの人気作品となったことによりデンマークでも上演されたのであろう。
クーラウはデンマーク王立劇場の6回の公演の内、『妖精の丘』上演で多忙を極めていたであろうが、いずれかの機会にこのオペラを観劇したことは想像される。1827年〜29年はクーラウの創作欲が旺盛な時期であり、出版社からフルート作品の注文が殺到していた。この時期の作品番号を見るとフルート作品が目白押しという感じで生み出されたことがわかる。
Op. 85 Sonate
Op. 86 Trio
Op. 87 Duo
Op. 90 Trio
Op. 94 Variation
Op. 95 Fantasie (Piano ad lib.)
Op. 98a Introduction & Rondo
Op. 99 Variation
Op. 101 Variation
Op. 102 Duo
Op. 103 Quartett
Op. 104 Variation
Op. 105 Variation
Op. 110 Duo
Op. 119 Trio
出版社の依頼に応じて作曲するための「美しいメロディ」はクーラウにとって常に必要なものだった。オペラ『行商人』には美しいメロディが豊富にある。クーラウのお気に入りとなり、この中からいろいろなナンバーを用いたため5曲に増えたのであろう。
オンスローはオペラ4曲の他、主に弦楽器の室内楽作品を沢山作曲している。当時彼は「フランスのベートーヴェン」と言われたが、没後作曲家としての人気は下り坂となった。近年、室内楽作曲家としてその評価は高まりつつあるようだ。
『行商人』はオペラとして過去のものとなってしまった。しかし、魅力的なメロディーはクーラウの作品の中で生きている。
You Tubeでもオペラ『行商人』は見つからない。従ってオリジナルを聴くことができない。そのためここではピアノヴァージョンでご紹介する。オーケストラの響きを想像してお聴きいただければ幸いである。
先ずは序曲からはじまり、はじまり〜
次にOp. 94に用いられているNo.5のタイトル・ロールの行商人(バス、ピアノスコアにはト音記号で書かれているのでそのまま引用する)の歌うアリア "Pour des filles si gentiles"をご紹介する。歌詞はフランス語またはドイツ語ヴァージョンがあり、Tossy氏の知り合いの歌手はどちらを選んで良いかわからないので今回は「アーアー」で歌ったとのこと。
楽譜の上段はオンスローのNo.5、下段はクーラウのOp .94の変奏曲の主題の部分である。両者のメロディはいろいろな箇所で異なる部分がある。前奏の終わる第7小節目でオンスローの場合はすぐ歌い出すが、クーラウの場合は1小節の空白がある。そのため楽譜ではそれ以降1小節の「ずれ」が生じている。オリジナルのメロディをクーラウがどのように扱ったかは楽譜をご覧になればおわかりいただけるだろう。
楽譜を追って演奏をお聴きになる場合は歌詞のある段を目印にスライドすると迷子になりにくい。
なお、クーラウがオリジナルから引用する場合、調性をそのまま踏襲している場合が多い。この『行商人』からの引用の5曲全てオリジナルの調性と同じである。上下の段で比較する場合有り難い。
見やすく次の楽譜にまとめてみるとその差異がはっきりとする。
No. 5のアリアは有節歌曲形式(Strophic form)で2番まであり、その歌詞は以下の如くである。有節歌曲形式とは歌曲に多く用いられる楽曲の形式で、歌詞が進むごとに異なる旋律を付けるのでなく、ひとつの旋律を何度も繰り返すように曲が付けられているものを言う。繰り返しの1回を節と呼ぶが、普通そのそれぞれを1番、2番、3番と数えることが行われる。節は、二部形式や三部形式で書かれることが多い。このアリアは三部形式である。
S'il veut plaire |
Zeigt sich schnöde, |
次は5曲中最もポピュラーな作品のオリジナルをご紹介しよう。ポピュラーと言っても「フルーティストには」という但し書きを付けなければならないが。それはOp. 98aの「イントロダクションとロンド」である。これはオペラ『行商人』の中のNo. 8「合唱」である。途中ソロの部分があるがそこはKoli(テナー)によって歌われる。Tossy氏の知り合いの「ロジック合唱団」のメンバーは「フランス語もドイツ語も苦手なのでスキャットで歌うなら」という条件なのでご了解を願いたい。無駄かも知れないが歌詞を入れた方が学術的となる。コーラスの譜面中、簡略化のためSopranoとTenor II にフランス語を、Tenor I とBassにドイツ語を当てている。Koliのソロの部分は上段にフランス語、下段にドイツ語が書かれている。
クーラウのOp. 89aの楽譜は小論「RONDO Op. 98のaとb」のページに掲載している(aとbの楽譜の対比において)。本論と重複している箇所もあるが併せてご覧頂きたい。オリジナルから如何に引用して、更に自らの楽想を如何に加味しているかを見ることが出来る。 次の曲はクーラウのOp. 99の『イントロダクションとヴァリエーション』に用いられているオリジナルをお聴きいただこう。
|
ここで両者のメロディの対比を見てみよう
何カ所かで相違が見られるが基本的には同じ線をたどっている。
クーラウの数ある「フルートとピアノの変奏曲」でOp. 99は主題の提示をピアノだけで行った珍しい例である。次の第1変奏でフルートはピアノが演奏した右手の主題と同じ音型を演奏する。この時ピアノが3連音の伴奏型になるのでこれで変奏したことにしたのだろう。
さて、最後の曲はクーラウのピアノソロの「イントロダクションとロンド」Op. 96に用いられているNo. 11のDuett&Chorのメロディをご紹介しよう。
Op. 96のロンドの部分 はロンドソナタ形式 (ABAB構成で2度目に現れるBが最初のBと五度関係にある)で、Aを主要主題、Bを第2主題(副主題)と呼ぶ。第2主題はNo. 9のQuintett で歌われまた序曲の中でも用いられている。Op. 96
ではこの2つのメロディが見事に組み合わされ相乗効果を高めている。この曲は「ピアノロンド視聴ページ」に掲載されているので、参照されたい。
http://www.kuhlau.gr.jp/e/e_about_kuhlau/ee_reading_and_listening_rondos/op_96.html
No.11は「さあ、村の祭りだ」と言って陽気に歌われるもの。
2段目はテナーの記譜法で実音より1オクターブ高く書かれている。同じ段にValentine(ソプラノ)の歌う部分があるがこの部分は実音で表記されている(39、43、76,80小節)。
これでオンスローのオペラ『行商人』からクーラウが取り入れたメロディを全てご紹介したが、まだ
本論で不足しているものがある。それはオペラ『行商人』の物語である。役柄やどのような場面で歌われるのか をいずれ書き加えたい。
Tossy氏の述懐「歌い手が歌詞を付けてくれると良いのだが---」をお伝えしておく。
続く
2016.2.9