クーラウのフルート作品における変奏曲 (石原利矩)

 クーラウが作曲した器楽曲にはピアノ、フルート、室内楽などがある。この内、数としてはピアノ曲が最も多いが、次にフルート曲が続く。
ハンブルク時代の1804年3月17日の演奏会 (Schauspielhaus)ではピアノの変奏曲(曲名は不明) を演奏している。既にこの頃からクーラウは変奏曲を手がけていたことが判る。

クーラウのフルート曲における変奏曲

この小論ではフルート曲の中に現れる変奏曲について言及をする。

1.フルート曲中の変奏曲の数と主題の原典

クーラウのフルート曲の中で変奏曲は一体何曲あるのだろうか。その前にフルート作品の全ての表を挙げる。

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  Opus Fl.1 Fl.2 Fl.3 Fl.4 Fl&Pf Fl.,Vn.,2Va.,Vc. Fl.2&Pf.
1 10a   3          
2 10b 12            
313     3        
4 38 3            
5 39   3          
6 51           3  
7 57 3       Pf.ad lib.    
8 63         1    
9 64         1    
10 68 6       Pf.ad lib.    
11 69         1    
12 71         1    
13 80   3          
14 81   3          
15 83         3    
16 85         1    
17 86     3        
18 87   3          
19 90     1        
20 94         1    
21 95 3       Pf.ad lib.    
22 98a         1    
23 99         1    
24 101         1    
25 102   3          
26 103       1      
27 104         1    
28 105         1    
29 110         3    
30 119             1
    27 18 7 1 30 3 1


 フルート作品のOpus番号のあるものは30曲。1つの作品番号に1〜12の楽曲が含まれるものがあるから、楽曲として数えれば87曲となる。さらに、それらを分解して楽章を数えると174楽章となる(序奏付きの変奏曲は1楽章として数える)。174楽章の内の23楽章が変奏曲である。全体の18%、約2割弱に当たる。

 先ず、変奏曲が含まれる楽章を作品番号順に並べてみよう。

Op. Takt Tonart Tempo Instrument Genre Sauce
10a-2-II 6/8 h Larghetto con espres. Malincos 2 Fl. Original Original
10b-1 4/4 D Allegretto Fl. Opera Daleyrac "Femmes voules vous eprouver"
10b-2 6/8 A Larghetto Fl. Opera Martini "Lasset Frieden uns stiften"
10b-4 6/8 G Larghetto Fl. Opera Paisiello "Nel cor più non mi sento."
10b-5 3/4 G Allegretto Fl. Opera Himmel "Es kann schon nicht alles so bleiben"
10b-7 4/4 G Allegretto Fl. Gesang "In des Waldes düstern Gründen"
10b-9 4/4 D Andante Fl. Gesang  "Was ist der Mensch?"
10b-10 2/4 G Allegro Fl. Opera Mehul "On ne saurait trop embellir"
38-1-III 2/4 D Andante Fl. Opera Mozart "Don Giovani"-Batti,batti, o bel Masetto-
38-2-II 2/4 G Andante con moto Fl. Canzonetta Bianchi "Silenzio che sento qui gran mormorio!"
38-3-III 6/8 C Andantino quasi Allegretto Fl. Opera Mozart "Don Giovani"- Deh, vieni alla finestra-
57-2-III 3/4 a Allegretto Fl. Pf. ad lib. Opera Mozart "Figaro" Tanz aus der Finale des 3. Aktes
63 4/4,3/4 g-G Maestoso-Andante con moto Fl. Pf Opera Weber "Euryanthe"-Unter blühenden Mandelbäumen-
64-II 2/4 g Andante Fl. Pf Volkslied Ancien air danois "Der strander et Skib mellen Fjord mellen Mind"
83-1-II 2/4 e Andantino quasi Allegretto Fl. Pf Volkslied Ancien air suédois
86-2-II 2/4 g Allgretto 3 Fl. Volkslied Ancien air suédois
94 3/4 B Allegreto vivace Fl. Pf Opera Onslow "Corpolteur"- Pour des filles si gentilles-
95-2-III 2/4 e Allegro Fl. Pf. ad lib. Original Original
99 4/4,2/4 A-a Andante, Allegretto Fl. Pf Opera Onslow "Corpolteur"- Toujoure de mon jeuna âge-
101 4/4,3/4 g-G Allegro moderato, Andantino Fl. Pf Opera Spohr "Iessonda"-Schönes Mädchen, wirst mich hassen-
102-2-II 3/4 e Tempo di polacca 2 Fl. Volkslied Ancien air suédois "Neckens Polska"
104 3/4 F Andante Fl. Pf Volkslied Air favori Ecossis "Durandarte and Berlema"
105 3/4 G Andantino Fl. Pf Volkslied Air favori Irladais "Tis the last Rose of Summer"


 変奏曲にはそれ自体独立したものとソナタ作品の中の1つの楽章として書かれたものがある (op.10bは曲集であることから単独と見なさない)。独立した作品はOp.63, Op.94, Op.99. Op.101, Op.104, Op.105の6曲である。

 クーラウは自分の作品から変奏曲の主題を選ぶことは少ない。フルート作品ではOp.10a-2-IIとOp.95-2-IIの2曲だけである。あとは当時の流行のオペラのアリア、歌曲、民謡などである。特に北欧の民謡はデンマーク時代に多く用いられクーラウの得意とするものである。
 ハンブルクで1807年4月1日にフルートとピアノのための変奏曲でCestenoble氏とクーラウの演奏記録があるが(Comödienzettel紙) これは失われている。


Op.10b, 12 Variations et Solos


 ハンブルク時代のフルート作品で作品番号のある唯一のOp.10bは12曲のソロ曲で構成されている。初版と並行出版ではその番号が異なる。ここでは初版の順番を用いる。12曲中7曲が変奏曲で4曲がカプリチオ、1曲がロンドである。変奏曲以外のロンドとカプリチオはクーラウ自身の作品 (他者のメロディを用いていないと言う意味)である。
7曲の変奏曲の主題は当時の流行していた歌曲やオペラ作品の中のメロディが用いられている。
音域はd'〜g'''の範囲で書かれていて、調性も一鍵トラベルソ・フルートに適っている。従って、この曲は一鍵トラベルソ・フルート用に書かれたものと考えられる。当時の音楽愛好家を対象とした家庭音楽用に出版されたものであろう。変奏は音型を変形することにより曲を積み重ねていくものが多く、各変奏間の曲想の変化は少ない。後の変奏曲の習作の感は免れないが、クーラウの独特な音型の用い方、節回しが既に現れている曲もある。

10b-1 Nicolas-Marie d'Alayrac  "Secret"よりアリア Femmes voules vous eprouver



10b-2 Giovanni Battista Martini  "Cosa Rara"より二重唱 Lasset Frieden uns stiften.



10b-4 Giovanni Paisiello "La Molinara" よりアリア Nel cor più non mi sento.



10b-5 Friedrich Heinrich Himmel (1803) Lied "Es kann schon nicht alles so bleiben"


August von Kotzbue "Es kann ja nicht immer so bleiben" (1802)

Es kann ja nicht immer so bleiben
Hier unter den wechselnden Mont;
Es blüt eine Zeit und verwlket,
Was mit uns die Erde bewohnt....

移り変わる月の下、
ものみな留まること無し
満ち、凋れる。
この世のならい----


10b-7作曲者不詳 Gesang "In des Waldes düstern Gründen"


 標題の "In des Waldes düstern Gründen" は Christian August Vulplus (1762-1827)作、"Rinaldo Rinaldini" (1797)の中にある歌詞。現在歌われている同名の曲(ギター伴奏の曲)は上記のメロディと異なる。それ故、クーラウの用いたものは同じ歌詞を使った他の曲と考えられる。

 

In des Waldes düstern Gründen
Und in Höhlen tief versteckt
Schläft der kühnste aller Räuber,
Bis ihn seine Rosa weckt.

Rinaldini! ruft sie schmeichelnd,
Rinaldini, wache auf!
Deine Leute sind schon munter,
Längst schon ging die Sonne auf!

Und er öffnet seine Augen,
Lächelt ihr den Morgengruß;
Sie sinkt sanft in seine Arme
Und erwidert seinen Kuß.

(The following abbreviated)

森の中、光が届かぬところ
洞穴の中で盗賊の大親分が
ローザが起こすまで
眠りこけている。

「リナルディ」彼女は甘くささやく。
「さあ、起きて!リナルディ、
あなたの子分たちは元気満々、
お日さまは、すっかり昇ったわ」

彼は目を開ける。
朝の挨拶にほほえみを投げる。
彼女は彼の腕にだかれ
彼にキスを返す。

(以下略)



10b-9 作曲者不詳 Gesang, "Was ist der Mensch?" 


"Was ist der Mensch?"(1796)はJoachim Lorenz Evers (1758-1807) の詩 "Menschenbestimmung"の一節、フリーメーソン結社の歌として1796年1月1日、アルトナで歌われた。

Was ist der Mensch? Halb Tier halb Engel
Klein, elend, dürftig --  herrlich groß
Was ist sein Schicksal? Tausend Mängel
und tausend Güter sind sein Los
Ihm blühen manche sanfte Freuden
auch manche, die zu früh verdirbt
ihn foltern schauervolle Leiden
er reift, wird alt, entnervt und stirbt

(The following abbreviated)

人間とは何者ぞ?半ば獣(けだもの)半ば天使
小さくみじめで、取るに足りないもの
---否、素晴らしく偉大なもの
そしてその運命は?
貧困も富もそれぞれが引いた籤
多くの心地よい喜び
多くのおぞましい苦しみ
円熟し、歳をとり、衰弱し、そして死を迎える。

(以下略)



10b-10 Étienne Nicolas Méhul  "Uen Folie"より On ne saurait trop embellir.

 

Op.10bは曲順が2種類ある。本論では初版の番号に準拠している。

初版 並行出版
L. Rudolphus/M. Hardieck A. Cranz
12 Variations et Solos Variations et Caprices
1 1
2 2
3 3
4 5
5 7
6 8
7 6
8 9
9 12
10 10
11 4
12 11

Op.10a, 3 Duos für 2 Flöte


Op.10a以降は全てデンマーク時代に書かれたものである。
この作品の中ではOp.10a-2-IIが変奏曲である。
この変奏曲の主題はクーラウ自身の作曲した3音だけで歌われる歌曲が用いられている。


 この原典は「異邦人の夕べの歌」としてAMZに掲載されている(Inteligenzblatt III , 1814年5月)。原曲はgis-mollでgis, ais, hの3音であるが、フルート曲はh-mollでh, cis, dとなっている。3つの音だけで歌を作るというアイデアは、後に「謎のカノン」で勇名を馳せたクーラウならではの着想であろう。しかし、音の遊びと言ってかたづけられないような歌詞の陰鬱な気分を良く表している作品である。


Op.38, 3 Fantasie für Flöte Solo


この作品は3曲とも最後の楽章が変奏曲となっている。
Op.38-1-III Mozart "Don Giovanni" : Arie Zerlinas "Batti, batti, o bel Masetto"


Op.38-2-II Bianchi's Canzonetta "Silenzio, che senti qui gran mormorio"
(Kuhlaus Piano Variation Op.54にもこのメロディが用いられている)



Op.38-3-III Mozart "Don Giovanni" : Canzonetta Giovannis " Deh, vieni alla finestra"


Op.57, 3 Solos für Flöte mit Klavier ad. libitum


Op.57-2-II Mozart "Die Hochzit des Figaros" Tanz aus der Finale des 3. Aktes, KV.492 Nr. 22 b


Op.63, 6 Variationen für Flöte und Klavier


6 Variationer für Flöte und Klavier über C. M. von Weber's "Euryanthe".
ウエーバーのオペラ『オイリアンテ』騎士アドラー(テナー)が歌うアリア”Unter blühenden Mandelbäumen”が用いられている。
この作品は1曲で序奏を伴う独立した変奏曲である。フルートのロマン派初期のレパートリーでシューベルトの「萎める花」変奏曲と並ぶ完成度の高い作品である。


Op.64, Sonate in Es -Dur für Flöte und Klavier


II Introduktion und Variationen
Tema : ein altdänisches Volkslied "Der strander et Skib mellem Fjord mellem Mind"
フルートとピアノのためのソナタの中で最初に現れた変奏曲楽章である(フルート曲では北欧の民謡を変奏曲に用いた最初のもの)。メロディは古いデンマーク民謡「---」である。この曲は『妖精の丘』の中でエリザベートによって歌われるものと同じものである。


以下つづく

2012.9.23