オペラ『ルル』演奏会形式(2000.3.26日)の批評

 

「音楽の友」5月号掲載 3月の演奏会評より

クーラウ/『ルル』 演奏会形式

 疑いなく日本におけるクーラウ受容の記念碑的事業だった。ピアノのソナチネやフルート作品で知られるクーラウのオペラ『ルル』(1824年完成・初演)がインターナショナル・フリードリヒ・クーラウ協会の主導で日本初演された(歌詞は日本語)。クーラウの活動国デンマーク以外ではドイツに次ぐ2番目の上演らしい。理解を促すために付された「もう一つの魔笛」という副題が暗示するように、『魔笛』『オベロン』などで代表される同時代ドイツ語圏の「おとぎ話オペラ」の流れを汲み、王子ルルが愛と光の精から授けられた魔法の笛と指輪の力で、魔法使いに囚われた光の精の娘シディを救出して結ばれる。フルート独奏は勿論重要。若干の曲を割愛して3時間近い音楽には冗長な部分も聞かれたが、時代の音楽語法の中で優れた成果を収めた職人芸的な作曲家としてのクーラウが浮き彫りにされた。語り手を置いた措置は妥当だろう。デンマーク放送響の主席フルート奏者クリスチャンセンの独奏が冴え、澤畑恵美(シディ)、福井敬(ルル)ら歌い手と東京ニューシティ管、東京合唱協会の演奏は、総じて機会の重要さと意義の大きさを伝えていた。指揮はクーラウ協会の推進者石原利矩。3月26日・東京オペラシティ(高久暁)

 


DAILY YOMIURI評 (2000年3月30日)

 クーラウのオペラ『ルル』- 絶品

 まずは誤解のないように。1824 年にフリードリッヒ・クーラウにより完成されたこのデンマークのオペラは、アルバン・ベルクの同名の妖婦「ルル」を描いたオペラやそのもととなったフランク・ウェデキントの演劇とは何の関係もありません。

 3月26日に東京オペラシティーでコンサート形式での日本初演を迎えたクーラウの『ルル』は、ルル王子が魔法の笛の助けを借り、とらわれた姫を助けるロマンチックオペラです。そう、ご想像のとおり。このオペラの原作はモーツアルトの『魔笛』と同じドイツの童話「ルルまたは魔法の笛」が原作になっています。

 もし、モーツアルトのオペラをご覧になったことがある方でしたら、このオペラがその題名とは異にして「魔法の笛」が主要な扱いをされていないことをご存じでしょう。主人公のタミーノが笛を数回吹きますが、フリーメーソンの神話を基調にした物語の大団円を創作するのには、ほんの小さな役割しか果たしていません。

 しかし、『ルル』では、フルートは音楽的にも物語の中でももっと重要な位置を占めています。このオペラでは、ここそこに技巧的なフルートのカデンツァが含まれており、著名なデンマークのフルーティスト、トーケ・ルン・クリスチャンセン氏により、素晴らしい演奏を聞かせてくれました。クリスチャンセン氏は、このオペラの最初でかつ唯一のレコーディングにも参加しています。

 デンマーク人にとってクーラウ(1786-1832) は、イギリス人にとってのヘンデルのような存在です。両作曲家はともにドイツで生まれましたが、人生の後半を別の国で過ごし、移住先の国を代表する存在となりました。

 日本では、クーラウの名前は、彼の多くの作品の中のほんの一握りのソナチネとともに取り上げられる程度です。このソナチネはピアノを習う若い人が必ず一度は取り組む作品でもあります。しかし、ドラマチックなセンスとロッシーニやベートーベンの旋律を思わせる『ルル』を聴くと、この作品は本当に時代の寵児とされた才能あふれる作曲家の手によるものであることがわかります。

 インターナショナル・フリードリヒ・クーラウ協会 の代表でもある指揮者の石原利矩氏の力により、今回の演奏は、この作品が単なる「再発見された」並の作品ではなく、本当に完全なオペラとして演奏するに値する作品であることを証明していました。

 妖精ペリフェリーメの森では、ルルが羊飼いや羊たちを脅かしていた虎を退治します。羊飼いのヴェラは、彼女の友人であるシディ姫と魔法のバラのつぼみが魔法使いのディルフェングの手にあることを伝えます。シディを救いに向かうルルに、シディの母であるペリフェリーメは聴く人すべてを虜にする魔法の笛と自由に姿を変えることをかなえる魔法の指輪を与えます。

 老人に姿を変えたルルは、魔法使いの城のすぐそばで笛を奏で、中に招き入れられます。魔法使いは、ルルの笛の音により、花嫁となるシディの心を奪いたいと考えたからです。シディと二人きりになったルルは、身分を証し、二人は恋に落ちます。

 その間、ディルフェングは自身とシディの結婚式の準備に余念がありません。ルルは再び魔法の笛を奏で、悪者たちを眠りにつかせます。そしてその間にバラのつぼみを手にいれるのです。このつぼみこそ、シディが本当の愛を見つけたときに花開き、彼女に自然界のすべての力を与えるといわれているものです。そのとき、ディルフェングが目覚め、皆を地獄に落とそうと嵐を起こします。

 石原氏の情熱的な指揮のもと、東京ニューシティー管弦楽団は洗練された演奏をし、20名の男女からなる東京合唱協会は力強いハーモニーを奏でました。

 日本の代表的なオペラ歌手でありルルを演じた福井敬氏を含む6名のソリストは、高藤直樹氏の訳による歌詞を歌い、時に語りを入れました。福井氏の叙情的な声は、若くりりしい王子には最適であり、また澤畑恵美氏の澄みきったソプラノはシディそのものでした。

 ディルフェングを演じた松本進氏の殆どビブラートを用いないよく響くバスと、ディルフェングの息子で小人のバルカを演じた久岡昇氏の時にコミカルな響きを持たせる効果的なビブラートを使ったドラマチックなバリトンは、それぞれ独自の声音で、華やかなデュオを聴かせました。

 与田朝子氏は、その豊かなコントラルトで魔女を見事に演じましたが、山崎史枝氏のソプラノはヴェラの役にはすこし薄く感じられました。

 今回の演奏では、石原氏の大胆かつ思慮深いカットが光りました。今回はあくまでもコンサート形式であり、完全な舞台ではありませんので、もしこのカットがなければ、演奏会は休憩時間を除いてもゆうに3時間を越えたでしょう。

 もう一つの勝因は、演出家十川稔氏の抜擢です。十川氏は作品のドラマチックな構成を見事に演出しました。女優の古賀美枝子氏は、ナレーターとして各シーンをつなぐナレーションをし、またペリフェリーメのパートも演じました。さらに、嵐の起こる場面で会場のパイプオルガンの後ろで光を点滅させていたように、照明も効果的に使われていました。

デンマーク以外の国でこの作品が演奏されたのは、今回で2回目です。1回目はドイツのダルムシュタットで昨夏に演奏されています。(訳:上野京子)


Ascolta誌(デンマークのオペラ情報誌)August 2000

ゴルム ブスク

東京の『ルル』 

 クーラウのオペラー日本公演

 (以下に)述べるのは、ルル王子の海外オペラ公演における二度目の凱旋である。正しく言うなら、デンマークの作曲家、フリードリヒ・ダニエル・ルドルフ・クーラウ(1786-1832)によるオペラ作品の主要な大曲である妖精物語『ルル』(1842年作)(アルバン・ベルクのオペラとは無関係)が、昨年ドイツのダルムシュタットで初の海外公演となり、そして今回、東京で公演された。

 少々唐突に行われた感があったドイツ公演とは異なり、日本公演は、時間をかけて準備されてきた。この大プロジェクトの発起、準備、実行は、日本人フルーティストで、音楽大学講師でもある石原利矩氏に負っているが、石原氏はクーラウとその音楽の熱心な普及活動家であり、さらにはこの作曲家に精通した研究者でもある。西洋志向の日本人知識人によくあるように彼もまた、何か一つのことに夢中になり、人々を募って(その多くは彼のお弟子さんだが)こじんまりとした「クーラウの会」を作り、それが次第に、インターナショナル・フリードリヒ・クーラウ協会(IFKS)へと育っていったのである。自然なことではあるが、活動はクーラウのフルート曲と石原氏がフルートアンサンブル用に編曲したその他の作品を演奏することから始まり、石原氏は40人ほどのフルートアンサンブルを率いて数度にわたりデンマークを訪れている。しかし、今や彼は演劇音楽に着手した。1997年と1999年に石原氏は「プレ・ルル・コンサート」を催したが、それは「土壌作り」のためであり、クーラウやデンマーク音楽について当然のことながらわずかしか知らない多くの日本の音楽愛好家に、クーラウのよく知られた劇音楽『妖精の丘』からの抜粋を含めて彼の音楽がどんなものかを知ってもらうためであった。長いこと待たれたルルの初演は、ついに2000年3月26日に行われた。

 ダルムシュタットの公演と同様に、東京でもコンサート形式だったが、ダルムシュタットより幾分長めで、この長大なオペラを適当な長さに収める為に何曲かカットをして、3時間のコンサートとなった。省略された曲は賢明にも、ダルムシュタットと一部同じであった。それは、最も演劇的ではなくよけいな部分で、すなわちルルとヴェラのデュエッティーノ、第一幕のルルのカバティーナと連続するシディの(演劇的に全く重要でない)二つのアリア、そして第三幕の妖精たちの幾分重厚なマーチの部分である。しかし第二幕のナンバーは全て演奏されたとはいえ、オープニング部分の四人の主要人物であるシディ、ルル、バルカ、ディルフェングのカルテットにおける実につまらないレシタティーヴォの多くと、それに続くシディとルルの愛のデュエットは、幸いにもすぽっりとカットされていた。

 ダルムシュタット公演をとても興味深いものにし、いくらか視覚的なものにした模擬的、劇的な側面は、東京公演では抑えられていた。東京公演では、最終幕での激しい雷雨の場面で照明をぴかぴか点滅させたこと以外はもっと通常のコンサート形式で、曲と曲の間にふさわしいナレーションを入れた。観客の反応からみると、それは確実に、生き生きと劇の内容を伝えるものだった。歌い手とオーケストラはプロフェッショナルで、1600席が殆ど完売となった東京オペラシティの大コンサートホールでの完璧な公演を約束するものであった。ソリストは日本で屈指のオペラ歌手たちで、ことにルルとシディの二人の中心人物は鮮明な声と、劇中での役柄の習熟度において目立っていたが、愉快なバルカ(ボーカル譜に示された魔女のつむぎ歌の最中のせりふの語り)、見事なヴェラとディルフェング、そして紡ぎ歌の場面での魔女にも注目させられた。とはいえ、あるソリストについては特記せねばなるまい。すなわち、デンマークから招かれ東京ニューシティ管弦楽団と共に演奏し、このオペラの多くのフルートソロを吹いたデンマーク・ラジオ・シンフォニーオーケストラの主席フルート奏者トーケ・ルン・クリスチャンセンのことである。コーラスは東京合唱協会の20名、ナレーターとペリフェリーメは古賀美枝子によって完璧に演じられた。東京公演は、この企画全体の中心的推進者である石原利矩氏がすばらしい音楽的理解のもとに指揮した。

 さて、日本語で歌われるデンマークのオペラとはどんな風に聞こえるのだろう。皆さん不思議に思われたのではないだろうか。もちろん最初は、その全ての譜を覚えている音楽がひとこともわからない言語で歌われるのを聴くのは奇妙に感じられた。しかし、そんなことに驚くのもつかの間、すぐあなたも、母音を多く有し音声的にはっきりした日本語が、うまく音楽に合っていることや、そしてまたデンマーク黄金時代哲学の卓越した研究者である高藤直樹の非常に詩的な(批評家の評による)翻訳を楽しむことだろう。ソリストと指揮者は1986年ミッシェル・シェーンヴァント指揮のデンマーク・ラジオ・シンフォニーオーケストラによるルルのCD を徹底的に聞き込み、少々無批判的に良い点であれ、欠点であれ、特徴的なところを引き継いでいた。(バルカのからかいの歌や、飲酒の歌における非常にパルランド的な解釈や、ディルフェングのパートのうち何カ所かの奇妙なリタルダンドなど)しかしながら、こうしたことはもちろん取るに足らないささいなことで、まず私しか気付かなかっただろうし、全く公演全体の成功を妨げるものではない。公演はまた、日本の英字新聞「ディリー読売」(2000年3月30日)で肯定的に論評され、その中で、「当公演は、このオペラが再発見された凡作の一つなどではなく、将来完全にステージ化されるに値するものであることを確信させられるほどの鮮烈さを放っていた」とまで評された。

 いろいろ試みたにもかかわらずクーラウは生前、ルルを海外で公演できなかった。このオペラは、劇中で東洋の架空の国に場をとっており、脚本家のギュンテルベアはタイトルロールのルルのことをイラン北部の田舎「コーラサンの王子」と示している。クーラウがその土地について知らなかったのは確かだが、彼の東洋に関する興味は、カルカッタで音楽監督をしていた兄のゴットフリートが住んでいたインドにまで及んでいる。兄は変わった人でお金もうけができる時にしか音楽に興味を持たず、クーラウがインド地方の音楽や踊りについて彼から情報を得ようとしても、無駄に終わってしまうのだった。しかしながらインドよりもっと東の方では、情熱的な人たちが、反対にこちらの方向をめざし、そのまなざしを西に向けてクーラウと彼の東洋の王子に興味を持ったのである。その結果、日本とデンマークの間に実り多き出会いが生まれた。そしてこれほど互いに異なり、これほど遠い二つの国が文化交流をますます深めていくのはこれからである。(2000年4月20日)

                        (訳 池上千衣子)

 


lulu
Illustraition&Design:竹内マサヤ
転載不許可

 

フリードリヒ・クーラウ作曲
オペラ『ルル』演奏会形式(もう一つの魔笛)
クーラウと言えばピアノのソナチネが思い出されます。
しかしクーラウがオペラを作曲していることはあまり知られておりません。 「ルル」はモーツァルトの「魔笛」と同じ題材から採られたため、 常に「魔笛」の影に隠されてしまった経緯があります。
クーラウはフルートのベートーヴェンと呼ばれています。
このオペラはフルート(魔笛)が大きな役割を演じています。 邪悪な魔法使いディルフィングに誘拐された光の精の王女シディをルルが魔法の笛の力で救出する物語です。 このオペラを聴いた方はどなたもこんな素晴らしいオペラがあったのかと驚かれることでしょう。


 

 

フリードリヒ・クーラウ作曲 オペラ『ルル』演奏会形式(もう一つの魔笛)

日 時:

2000年3月26日(日) 開演14:00

場 所:

東京オペラシティコンサートホール

出 演:

シディ:澤畑恵美  
ルル:福井敬
バルカ:久岡昇   
ディルフェング:松本進
ヴェラ:山崎史枝  
魔女:与田朝子
フルートソロ:トーケ・ルン・クリスチャンセン
ナレーター:古賀美枝子
指揮:石原利矩

構 成:

十川 稔

オーケストラ:

東京ニューシティ管弦楽団

合 唱:

東京合唱協会

日本語訳:

高藤 直樹

主 催:

インターナショナル・フリードリヒ・クーラウ協会

協 賛:

三菱信託芸術文化財団

後 援:

デンマーク大使館、日本フルート協会

入場券:

S¥8,000 A¥7,000 B¥5,500 C¥4,000

マネジメント・問合せ:

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IFKS事所:

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前売り:

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